むつもん
久留米の商店街の事など、つれづれなるままに・・・
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千年と一日
久留米カトリック
久留米のランドマークにもなっている カトリック教会堂

千年と一日


 都心部を通ってJR久留米駅と西鉄久留米駅とを結ぶ国道を、久留米では「明治通り」と呼んでいます。
 そして、そのちょうど中間あたりが六ッ門(むつもん)町と呼ばれ、戦前から井筒屋デパート(旧アサヒ屋デパート)を中心に商店街が造られ、繁華街として発展してきました。 
 現在では、井筒屋デパート跡地は更地となり、再開発事業が行われています。

 その六ッ門地区から東側の西鉄久留米駅方向を見ると、空に向かってカトリック教会の高い尖塔と十字架が見えます。 
 教会には幼稚園が併設されていますので、園内から毎朝子供たちの元気な声が聞こえてきますし、春には入園式、秋には運動会、クリスマスには教会堂がイルミネーションで飾られたりします。
 日曜日には結婚式が執り行われ、運が良ければ白いウェディングドレスの新婦が、式を終えてブーケを投げている姿なども見られます。 
 教会堂は今ではすっかり六ッ門地区のシンボルとなり、街のランドマークとしてなくてはならない建物となっています。

 このカトリック教会については、ひとつのエピソードがあります。真偽のほどはわかりませんが、都心部の再開発構想が盛んだったころ、この教会自体の移転の話が出たことがありました。
 ある開発業者が、教会のまとまった敷地に目をつけ、教会の移転とともに商業施設への開発計画を持っていったそうです。
 ところが、土地の所有権がローマのバチカンにあったため、イタリアまで交渉に行った結果、あっさり断られたとのことでした。「神が建てた教会を、人が移すことはできない。」との理由だったようですが、おかげで今では教会堂は中心市街地のシンボルとして、その美しい姿を残してくれています。

2つの鐘楼が美しい今村教会堂
2つの鐘楼が美しい今村教会

 筑後地区には、そのほかにも有名な教会建築があります。 
 有名なところでは、太刀洗(たちあらい)町にある「今村教会堂」。これは長崎の浦上天主堂を建築した名棟梁の鉄川与助によるもので、1913年に建立され、浦上天主堂と同じく2つの鐘楼を持った県指定文化財の建物です。(今村カトリック教会堂ブログ)

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ヴォーリズ設計の「日本福音路帖(ルーテル)教会堂」

 また六ッ門地区の北側に位置している「日本福音路帖(ルーテル)教会堂」は、アメリカの有名な建築家ヴォーリズの設計によるものです。1918年竣工のレンガ造りの教会堂には、ヴォーリズらしい設計が随所に見られることから、建築に興味のある方がたびたび見学に来られます。(「ヴォーリズを訪ねて」ブログ)

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礼拝堂のステンドグラスが美しい「雪の聖母聖堂」

 また聖マリア病院敷地内にある「雪の聖母聖堂」は、1896年に建てられた博多の旧大名町カトリック教会堂を移転したもので、ステンドグラスの美しい会堂は現在でも病院の付属施設として利用されています。(「教会をたずねて」ブログ)

 いずれも、許可を得て見学することができますが,信徒の方たちが大切にしている場所であることを忘れないようにして見学したいものです。

 これらの教会堂の文化財的な価値はもちろんですが、驚くべきことは現在も色あせることなくこれらの教会堂が利用されているという点です。
 百年単位の時代の流れの中で、建物の機能が損なわれることなく利用されているということは、私たちが街を考える上で最も考えさせられる点です。


 日本では、古来地震や火災などの災害が多発するため、街や建物は永続的なものではなく、壊しては作り直すという考え方のもとに都市を発展させてきました。
 そのためどの地方都市も再開発の繰り返しで、人の流れもめまぐるしく変化してきました。

 久留米の都心部商店街も、戦後65年の間にずいぶんと変わってきています。
 戦後の井筒屋デパートを中心とした商店街の形成から大型百貨店やスーパーの進出、さらに郊外型大型商業施設の進出と同時にデパートやスーパーの都心部からの撤退、そして更なる都心部地区の再開発とめまぐるしく変わっていきました。

 その間に社会は高度成長経済を経て、バブルの崩壊からデフレ経済、社会的には少子高齢化が進み、コンパクトシティー構想に基づく都心部回帰へと、再び都市の再構築が行われています。特に商店街にとっては、ここ10年の変化は大変なものでした。


 しかしそのような街の変化を横目に見ながら、今ではすっかり街のシンボルとなったカトリック教会堂は、厳然としてそこに建ち続けています。
 
 「神の目には千年も一日の如し」とは、確か聖書の言葉ですが、商店街や街つくりの視点も千年とはいかないまでも、せめて百年くらいの視点を持って考えていけたらと思っています。



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筑後川花火大会
風の盆
富山市八尾町「おわら風の盆」


筑後川花火大会

旅行用品を取り扱っている関係から、時々お客様から旅行の話を伺うことがあります。
先日も,お買い上げいただいたお客様とこんな話をしました。

「おわら風の盆のツアー・チケットが3年がかりでやっと取れたんですよ。」
「風の盆ですか?」
「ご存知ありません。富山の風の盆まつり、歌や小説にも取り上げられて有名ですよ。」

そういえば数年前テレビのドキュメンタリー番組で、「おわら風の盆」を特集していたのを思い出しました。
「おわら風の盆」は富山市八尾(やつお)町で9月1より3日間行われる祭りで、越中おわら節の旋律にのって、深く編笠をかぶった無言の踊り手たちが踊りを披露する祭りです。

この踊りがまた格別にすばらしく、哀調のある音色を奏でる胡弓(こきゅう)の調べの中を、艶やかで優雅な女踊り、勇壮な男踊りを町流しで披露し、それは見るものを魅了します。
祭りが行なわれる3日間、人口2万人の町に合計25万人の見物客が八尾を訪れるというから驚きです。





おわら風の盆


もちろん、久留米にも夏祭りはあります。

6月末から、都心部商店街でスタートする「土曜夜市」。それに続いて8月初旬に行われる「久留米水の祭典」。
そして夏祭りの最後を飾るのは、「筑後川花火大会」です。
その意味では、久留米の夏祭りは40日間続くお祭りと言えます。

このお祭り、「久留米水の祭典」がメインイベントのように見られますが、実は久留米っ子には「筑後川花火大会」がメインで、あとはそれを盛り上げるための仕掛けのようなものです。
西日本最大規模といわれるだけあり、18,000発の花火は壮大です。
昔は、筑後川沿いの水天宮が会場でしたが、45万人というあまりの人出の多さと車の渋滞のために、2箇所に分散して開催するようになりました。

私もこの時期になると、うちわ片手に会場近くまで、人ごみを避け裏道を通って見に行きます。
会場に近づくにつれて、花火が見上げるような高さになっていき、花火の音も腹に響く「どおーん」という音に変わってきます。
今年で350回目ということですから、はるか江戸時代から行われていたことになります。

道沿いの夜店をのぞくといつもと変わらない風景がそこにあります。
子供のころは、夜店はもちろんバナナのたたき売りやお化け屋敷、テキヤ商売もあった時代でした。
友人と連れ立って、笑いながら見上げた打ち上げ花火もありました。
友人の葬儀の帰りに、悲しい気持ちで見上げた打ち上げ花火もありました。
花火を見上げていると、子供時代・学生時代・社会人とそれぞれの時期を定点観測するように、打ち上げ花火だけが変わらず、見上げる私のほうがどんどん年を重ねていくようです。
 




筑後川花火大会


街を紹介するとき「イオンしかない街」という表現があります。

それは「東京と同じものは何でもあるけど、文化がない街」のことを揶揄(やゆ)して表現したものです。
八尾町の「おわら風の盆」といい、久留米の「筑後川花火大会」といい、祭りには伝統と共にそれを支える人々の思いというものがあります。
それに参加したという満足感は、やがてそれを後世に伝えていきたいという思いに変わっていきます。

久留米には、まだまだ後世に引き継いでいきたいと思うたくさんの文化があります。
そのような街の伝統や文化を、私たちは大切に育てていきたいものです。



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土曜夜市
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 「このヨーヨーが欲しいな。」 「1回100円だよ。」 


土曜夜市

 久留米の中心商店街では、入梅の6月下旬から「くるめ水の祭典」が行われる8月初旬まで、毎週土曜日に「土曜夜市」が行われます。毎年6回から7回ほど行われますが、夜6時から9時まで行われるにもかかわらず、大変な人出で賑わいます。

 当初は、「梅雨の間の暇な時期に、各商店街で工夫していろんなイベントをやりましょう。」という事で始まったものです。最初は、定番の金魚すくいや的当てゲームをやったり、水あめを無料で配ったりしていましたが、その後徐々に商店街の夏のイベントとして定着していきました。
 
久留米の土曜夜市が、縁日の市と大きく違うのは、各イベントの担当を日ごろ店に出ている店主がやっていることでしょう。
 私もこの時期、昼過ぎから夜市の準備に取り掛かり、夕方からは法被(ハッピ)を着てヨーヨーつりのおじさんになります。
 夜市に来られるお客さんも、日ごろ見慣れている顔の店主たちですから、安心して子供たちを遊ばせることができます。その間親御さんたちは、バンコに座ってビール片手に世間話に花を咲かせています。

 浴衣に団扇で街を歩く娘さんたち、当たった景品を担いで揚々と帰って行く子供たち、初めてする金魚すくいに真顔で緊張する子供たち、どれも絵になるシーンがあちらこちらで見受けられます。
 

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 そんなでっかい景品 持って帰って大丈夫?

 よく久留米の土曜夜市の人の多さから、「イベントでは、随分儲かるでしょう。」と言われますが、残念ながらどこも収支はとんとんのようです。街に来て楽しんでもらうことが主体ですから、代金を抑えて景品を豪華にするため、商売としては成り立ちません。ヨーヨーつり100円、金魚すくい200円の世界です。もちろん利益が上がれば、その後の商店街販促費用として利用されます。
 あくまで、夜市のついでにお店に立ち寄ってもらって、お買い物して頂くのが本来の目的です。

 商店街には、物を販売する機能のほか、楽しむ機能や利便性、街の文化を保持する機能など様々な価値を併せ持っています。ただ現代は、その機能を分業化し高度化していきました。販売する機能を通信販売に、車の利便性を郊外型ショッピングセンターに、楽しむ機能をレジャーランドにそれぞれ分散化していったわけです。
 そのため、そこそこ何でも揃っている商店街の価値が相対的に低下していったのかもしれません。

 しかし土曜夜市の賑わいや子供たちの歓声を見ていると、トータルな機能を持った商店街もなかなかのものだと思います。
 安心して住める街の中核には、元気な商店街があって、市民の消費や利便性、人や文化の交流の役割を担いながら、街の文化を育んでいけたらと願っています。
 


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金魚は うまくすくえたかな?


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托鉢
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先日お布施の際、こんなお札を頂きました。


托鉢 

商店街では、よく墨染めの衣に網代(あじろ)笠をかぶり、椀を持った托鉢僧が立つことがあります。
 店先で鈴をならし、経を唱えながら布施を待ちます。

 久留米には江南山「梅林寺」という臨済宗の禅寺があり、ここは雲水の修行道場でもあります。
 托鉢も修行のひとつということで、定期的に集団で商店街を托鉢に回りますが、墨染衣の修行僧が集団で托鉢する姿は、なかなか迫力があります。
 店先に立つ托鉢僧は、まだ若い修行僧がいたり、脚絆(きゃはん)姿の行脚(あんぎゃ)僧がいたり、最近ではめったに見ることがなくなった虚無(こむ)僧が尺八を唸らせて立ったりする事もあります。
 中には「この人本当に坊さんかな。」と思わせる少々怪しい托鉢僧もおりますが、様々です。

  最近は、一般家庭ではインターホン対応ですし、ましてマンションなどはオートロックで立ち入り禁止ですから、托鉢もさぞやりにくいだろうと同情してしまいます。
 その点商店街は、千客万来。各店オープンですし、店が留守と言う事もありませんので、なるほど托鉢に立つには一番良い場所かなと思ったりもします。
 私も接客中でない限り、わずかばかりの小銭のお布施をするようにしています。
 
 昨年ですが、店の前に行脚途中の托鉢僧が立った事がありました。
 いつもの様に僅かばかりの小銭を布施すると、前に掛けた頭陀(ズダ)袋で受けてしばらく念仏を唱えておられました。
 私が店内に戻ると、しばらくして「すみません。」と店内に入ってこられるではありませんか。
 やおら網代笠を取ると、珍しく50歳代の尼僧でした。
 「リュックを買いたいのですが、幾らほどするものでしょうか。」というお尋ねで、いくつか商品を勧めながら話を伺うと、今回九州一円を廻った後、これから四国へ行かれるとのことでした。

 リュックを背負って行脚する托鉢尼僧というのも不思議な感じですが、剃髪した青々とした頭に瀬戸内寂聴を思わせる丸顔で、快活な話し振りに、こちらも自然と爽やかな気分になってしまいました。
 お勧めしたのは、荷物が入り、軽くて雨にも強いスポーツタイプのリュックでしたが、
 「お金が足りないようですので、托鉢をして夕方までに、また伺います。」と深々とお辞儀をして出てゆかれました。
 
 はたして夕方、リュックを勧めた事さえ忘れかけた頃、「閉店時間を聞いていなかったので、閉まっていたらどうしようかと心配しました。」とニコニコ顔で戻ってこられました。
 千円札に混じって小銭で支払を済ませると、店内で荷物を入れ替え「これで随分と楽になりました。」と笑いながら、また深々とお辞儀をして颯爽と出て行かれました。

 小銭が増えたレジを整理しながら、1件1件廻って受けた善意の布施が商品に変わったことや、話をしながらこちらが爽快な気分になったことなどを考えていました。
 販売が、こんなに爽やかに感じられたのも久しぶりでした。

 店は商品とお金の交換の場というだけではなく、そこには『お客様の満足』と言う要素がないといけないのですが、実は店の方もお客様から満足を頂いているのだなと改めて感じさせられる出来事でした。
 



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新世界
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大分麦焼酎「二階堂」CMライブラリーより

新世界

最近は昭和30年代をテーマにした映画やドラマが多く見られるようになって来ました。
 この時代は日本が戦争の焼け跡からまっしぐらに高度経済成長を走り始めた時期で、それでいて街に繁栄と停滞が混在していた時代でした。
 誰もが豊かになることを目指して、夢を持ってひたすら頑張ることができた時代を懐かしく感じるからなのでしょう。
 
 この街の一角に「新世界」という地区があります。
 六ッ門商店街とそばを流れる池町川に挟まれた一角で、古くからの飲食店街です。
 何度も再開発の話が出ながら、様々な問題で開発が遅れ、昔のたたずまいがそのまま残されています。
 夕方よく通ったりするのですが、ここを通るとタイムスリップして過去に紛れ込んだような錯覚に陥ってしまいます。
 まるで昭和30年代がそのまま切り取られて残っているような通りです。

 気づかれてない方も多いと思いますが、大分麦焼酎「二階堂」のCMにこの一角が登場します。
 私の好きなCMのひとつでもありますが、ここの通りをコートを着た男性が遠ざかって行くシーンの後、バレエのトゥシューズを結んでいる少女と窓辺でそれを眺めている少年のシーンが出てきます。
 「遠い憧れ」と言う作品だそうです。 
(詳しくは、大分むぎ焼酎二階堂CMライブラリーまたはファンクラブをご覧ください。)

 CMを企画している方が、この街にどのようなセットも敵わない本物の昭和30年代の飲み屋街が残っている事を知っておられたのでしょう。
 都会では、わざわざ昭和を再現したラーメン横丁があるくらいですから、昭和30年代がそのまま切り取られたように存在しているなんて、なんて素敵な場所だろうと感心してしまいます。

 もちろんここには久留米でも有名な餃子屋やとんかつ屋、ラーメン屋がありますし、スナックや小料理屋さんも健在です。
 行政は、防火対策上この地区の再開発を計画しているようですから、あと10年もすれば新世界飲食街も変わってしまうのかもしれません。

 映画でも描かれた、日本が最も希望にあふれていた時代の本物のALWAYS、昭和30年代の世界を実感されたい方は一度訪れてみられたらいかがでしょう。

 でもこの通り、あのCMのシーンのように、夕方ゆっくりと通ってみたくなるから不思議ですね。
 


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CMと同じ場所を夕方通ってみました。
なんとなくほっとする空間ですね。



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尾瀬あきら 「夏子の酒」より




 尾瀬あきらの描いた「夏子の酒」というコミックがあります。
 3年ほど前、子供が図書館から借りてきたものを一緒に読んでいて、改めて日本酒を見直すきっかけとなりました。

 ストーリーは、地方の蔵元の家に生まれながら都会でOLをしていた主人公の夏子が、兄の死をきっかけに本物の酒造りに挑戦してゆくというものです。
 ストーリーも面白かったのですが、この本は日本酒が造られていく過程や蔵元の酒造りへの情熱がよく描かれていて、改めて日本酒のすばらしさを認識した次第です。

 僕たちの年代は、日本酒を特級・1級・2級で区分した時代でしたから、単純に2級酒より特級酒がうまいものだと思っていました。 
 ですから今で言う純米吟醸酒が、蔵元の販路と知名度がないために、地酒の2級酒として販売されていた時代があった事を知ると驚いてしまいます。
 当時友人から、「本当にうまい酒は、地方の蔵元で2級酒として売られている。」と言われてもよく分からなかったのが実情でした。
 
 それが平成4年の酒税法の改正で、純米・醸造の成分区分に変わり、それに吟醸・大吟醸の精米区分。 
 さらに山廃(やまはい)・生もとなどの仕込みの表示までされるようになり、それなりの知識があれば日本酒を選んで購入できる時代となりました。
 ただ最近は少々表示が詳しくなり過ぎ、「石川県の蔵元〇〇酒造の山田錦を使った純米大吟醸山廃仕込み」などというダヴィンチコードのような暗号解読が必要な表示になってきているようです。
 昔の「特級酒 〇〇梅 金粉入り」とは随分の違いです。

 この事は、すでに酒造業界ではナショナルブランドの時代は終わり、地方の蔵元が腕を振う、本物を志向する時代に移ってしまったという事なのでしょう。
 おかげで、今では各地方の純米酒を飲み比べたりしながら、楽しめるようになりました。
 醸造アルコールを添加しない純米酒を飲むようになってから、二日酔いはしませんし、改めて日本酒の奥の深さに感心した次第です。

 純米吟醸酒などは少々値段が張りますが、確かに香りとこくがあり、考えてみればワインや他の発酵酒に比べて、はるかに安い値段で味わえる訳です。
 よくぞ日本に生まれけりという感じでしょうか。

 久留米周辺の筑後平野は昔からの酒どころですし、久留米杜氏(とうじ)を抱える酒造りの文化を持つ地域です。
 純米酒も各蔵元で様々な味わいがあるようですから、一度近くの酒屋さんに行かれて、自分の好みと料理に合う純米酒をアドバイスして貰ったらいかがでしょう。
 1升ビンを抱えて帰るのが気が引けるという方は、4合サイズもありますし、私はもっぱらこのサイズです。

 「お父さん、またお酒買ってきたの。」と奥さんに小言をいわれたら、今度は言ってあげましょう。
 「何を無粋な事を。酒は日本の文化だぞ。日本人が日本の酒を飲まないでどうする。」
 そこで、酒仕込みの知識と吟醸香のすばらしさを少々披露すれば、目を丸くするのは請け合いです。


お酒の知識は、堀川酒店ブログをご覧ください。

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尾瀬あきら 「夏子の酒」より


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 長くこの街を離れ、30年ぶりに久留米に赴任された方がおられます。 
 赴任されて真っ先に行かれたのは、この街にあるお好み焼き屋のお店だったそうです。
 「オーナーのおじいちゃんがまだ健在で、随分歳をとられておられましたが、学生のころの話をしてきました。」と、うれしそうに語っておられました。
 きっとそのお店のお好み焼きを食べながら、懐かしい友人や学生時代のことを思い起こされていたのでしょう。

 この商店街も「確かこの通りから路地を入って、突き当たったところにJAZZ喫茶があったはず。」
 と思って行くと、うどん屋さんになっていたりします。
 帰りながら、学生の頃大きなスピカーの前で耳を傾けていた自分の思い出が、いっしょに消えていってしまったような寂しさを感じたものです。
 
 商店街は変わっていくものですし、そこで営業する店も変わっていくのは当たり前なのでしょう。
 しかしそんな変わってゆく街に人々があつまり、そこでいろいろな思い出を得て帰っていく。
 それがきっと健全な街の文化なのかもしれません。

 この街もきっと30年後、
「学生のころ六角堂のイルミネーションを見ながら、あそこのベンチで友人と話し込んでいたんですよ。」とか、
「家内には、あそこの花屋で花を買ってプロポーズに行きました。」とか、
「あそこのレコード屋で買ったCDが、僕の音楽人生の始まりだ。」とか、
久留米に来た人たちが語ってくれる街になれたらいいなと思います。

 この街を、そんな夢があちこちに張り付いている街にしたいですね。



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 久留米商店街六角堂広場のイルミネーション

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久留米商店街 六角堂広場

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 久留米明治通りのイルミネーション
写真を一部、商工ニュースより転載させていただきました。



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掃除
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ドイツ ダルムシュタット通り
人口14万人の街ですが、買い物に出かけたくなるような通りですね。
 

  
掃除 

商店街では、月初めの木曜日に開店前に共同で掃除をすることにしています。 

 営業する前の店前の掃除は,各店の責任で毎日行いますが、共同掃除日は,日頃やれない電柱の張り紙や壁の落書きなどの除去をおこないます。
 また少し範囲を広げて、掃除の行き届かない場所や、大掛かりな落書きを落としたりもします。 

 ご存知の方もいらっしゃると思いますが、「割れ窓理論」というものがあります。
 ビルの窓が割れているのをそのまま放置しておくと、次々に周りの窓が割られ、最後には取り返しのつかないほど環境が悪化してしまうというものです。
 落書きも同じで、商店街のシャッターの小さな落書きを放置しておくと、次々と落書きが広がり、最後には窃盗などの被害を引き起こす事になってしまいます。
 落書きや割れた窓が、犯罪を引き起こしても大丈夫というサインとなる為でしょう。 
 
 そういう訳で、気づいた箇所を早め早めに掃除していくのですが、なかなかこれがいたちごっこで、少々うんざりしてしまいます。
 電柱の張り紙などは、主に金融チラシやピンクチラシが多いのですが、先月剥がしたばかりの所に別のチラシが貼られていたり、電柱のけっこう高い場所にピンクチラシが貼られていたりします。
 こんな場合は、脚立を持ち出して2人掛りで擦り落とすことになりますが、
 「こんな高いところに貼ってあるピンクチラシを覗くやつなんて、どんなやつだろう。」と笑いながらの作業となります。

 商店街の環境の保全は、結局そこで営業している者が守っていかなくてはならない訳ですが、どんなに新しい商店街も20年も経つと古さが目立ってきます。
 でもその時、この街が古びた商店街ではなく、落ち着きや文化の重みを感じさせるような商店街になれたらと思います。

 ヨーロッパの100年以上続く閑静な石畳の商店街の通りを見ると、街の文化や伝統を保持できる商店街の必要性を改めて感じます。
 街の商業者が考えなければならない点は、まだまだ多いようです。


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オランダ アムステルダム カルファー通り
商店街に人が集まる事によって、街の文化や伝統が保持されていくのでしょう。



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七福神
七福神


七福
 
 我が家のリビングに、七福神の置物が置いてあります。
 どこか家族旅行に行ったときに、あまりのかわいさに買ってきたものです。
 どの神様もユニークないでたちで、古くから日本人に愛されてきた理由も分かるような気がします。

 子供が小さい頃、七福神の置物を見て「お父さん、七福神にサンタさんがいないね。」といったことがありました。
 なるほどそういえば七福神も各宗教の人気のある神様を集めたわけですから、ここはサンタクロースをいれて、八福神にするのもいいアイデアかな。
 
 確か布袋さん・福禄寿・寿老人は、中国道教。毘沙門天・大黒さんは、印度ヒンズー教。弁財天・恵比寿さんは、日本古来の神道。
 ここらで、キリスト教からサンタさんを加えて八福神。
 禅宗の達磨さんも人気あるから加えて九福神。
 九は縁起悪いからイスラム教から1人加えて・・・。
 などと考えるのは、日本人の宗教的おおらかさのなせる業か。

 宗教の違いで戦争が起きる世界のなかで、七福神の置物を見ながら、仲良くニコニコ笑って並んでいる姿に世界平和を考えるのは僕だけかな。


八福神

 こんな感じでしょうか。
 なお八福神は商店街では売っていませんので、悪しからず。



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高良山
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高良大社 明け方の拝殿


高良山  


「朝の4時ですか。」「はい。」「まだ真っ暗でしょう。」「ええ。」「大体そんな時間に登れるんですか。」「けっこう皆さん登ってますよ。」

 市内の取引先の方と話をしていて、健康のために何かやってますかという話になり、高良山登りの話になりました。
 その方は、毎日朝4時から参道入り口に車を止めて、拝殿まで古参道を登っておられるとの事でした。
 そんな時間に、山に登れる事が信じられず、さっそく私も行ってみることにしました。

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  さすがに夜明け前で、参道入り口は真っ暗。

 
 私が参道入り口についたのは、6時前でしたが、さすがにあたりは真っ暗。
 なるほど鳥居から石の古参道には点々と電灯が取り付けてあり、足元が何とか見える状況になっています。
 しかし参道の両側は真っ暗闇で、小学生の頃キャンプでやった肝試しの心境になってしまいました。

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結構暗そうですが、登るには不自由しない明るさです。 


 登り始めてしばらくすると、上から3人連れのおばさんたちが懐中電灯片手に談笑しながら降りてくるではありませんか。
 中程ではリュックを背負ったおじさん。結局拝殿まで、20分ほどで登り切りました。
 けっこう息切れしてしまいましたが、拝殿前から見た夜明け前の久留米市内は、なかなかきれいな景色でした。

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 うまく撮れていませんが、久留米の夜景はなかなかでした。 

 元気のある方は、さらに奥の院までの遊歩道コースを行かれる様ですが、僕はここで下る事にしました。
 大体上り下りで40分ぐらいのコースですから、慣れれば毎日でも行けそうな運動量です。
 
しかし驚いたのは、降りるまでの間に挨拶した6割以上は女性だった事。
 しかも中年の方が多かったようです。

 女性パワーはここでも発揮されています。



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カッピー
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カッピー

 久留米の商店街では、販促活動の一環として、加盟店によるカッピースタンプ事業というのを行っています。
 100円のお買い物ごとに1枚のスタンプを発行するシステムで、お客様はそれを台紙に張って500円の買い物券として利用できるというものです。 
 よく言われる街の第2の通貨です。

 このスタンプ事業を立ち上げるにあたり、商店街ではマスコットのデザインを地元出身の藤井フミヤさんにお願いしました。
 多彩な活動をされている藤井フミヤさんのデザインということで、当時大変な話題となりました。
 こうして生まれたのが、「カッピー」と「カプル」のマスコットキャラクターです。

 カッピースタンプは、当初100円に1枚という単位が使い勝手が悪いという事で、25枚分の大きさで、通称「でかカッピー」が発行されました。
 スポット的に発行されたものですが、赤と青の2種類で流通しました。
 もうすでに発行されておらず、時々台紙に貼られて加盟店で利用されます。

 この台紙に貼られた「でかカッピー」、改めて見直すとフミヤさんのデザインセンスの良さに驚かされます。
 チェッカーズが地元で活動していた頃、チェックの服装でイベントの舞台に出ていた事など、いまだに話題に上りますので、その頃から大変な人気者だったようです。

 藤井フミヤさんは、その後相変わらずの活躍で、特に幼なじみの地元のお嬢さんと結婚したあたり、「さすが久留米っ子やねえ」と地元では男を上げています。
 最近では「新・久留米市の歌」を作曲され、市のためにずいぶんと貢献してくれました。(曲をお聞きになりたい方は、新久留米市の歌

 多彩な才能を持つ藤井フミヤさんですから、今後の活躍によっては、すでに発行されていない「でかカッピー」もプレミアつきの代物になるかも知れません。 
 未使用の「でかカッピー」お持ちの方は、大切に額に入れてとっておいた方がいいかもしれませんよ。
 デザイン分野での彼の活躍によっては、もしかしてお宝に・・・・。
 などという下衆な考えはやめておきましょう。

 ここは純粋に「藤井フミヤ がんばれー。久留米で、みんな応援してるよ。」


幻のカッピースタンプ ゛でかカッピー゛
カッピー2



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むつもん饅頭
むつもん饅頭


むつもん饅頭 

 井筒屋デパートバス停横に「むつもん饅頭」の看板を掲げた軽食屋があります。

 むつもん饅頭は、昔からこの街の名物で、大阪や東京では回転焼きとか大判焼きとか言われる焼き饅頭です。
 丸い型の中に溶いた生地を流し込み、軽く焼けたところにあんこを入れ、くるりと回転させて半面を焼くところから、大阪では回転焼きと言われているようです。
 この街では昔からむつもん饅頭と呼ばれていますが、この饅頭には思い出があります。
 
 私が小学生の頃、先生の家に集まって遊ぼうということになり、手土産にむつもん饅頭を10個ほど買っていったことがありました。
 饅頭の餡(あん)には白あんと黒あんとがあり、それぞれ5個ずつ買って袋に入れてもらいました。

 先生の家で、ほかほかの饅頭を開いて食べる段になり、黒あんにするか白あんにするか友達の間で問題となりました。
 それぞれ好みがあるのですが、2種類の饅頭は外観から区別できません。

  お皿の上の饅頭を前に先生が、「先生には、黒あんか白あんかわかるよ。」と選んでくれた饅頭にかぶりつくと、本当に中から分けた通りのあんこが出てくるのでした。
 子供心に「どうして先生には判るんだろう」と、不思議に思った事を覚えています。

 その恩師も数年前に亡くなり、今となっては、どうして黒あんと白あんを見分けたのか知る由もありません。
 またお聞きしても、そんな事があった事さえ覚えていらっしゃらなかったでしょう。

 買ってきたむつもん饅頭を家族で食べながら、そんな話を息子にすると「横からはみ出たあんこで判断したんじゃない。」とつれない返事。

 昔の先生って、子供たちが知らない不思議な知識を、たくさん持っていたような気がしたんですが。
 



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井戸
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井戸

 以前商店街で、井戸を掘ろうという話が持ち上がったことがありました。 
 それも昔の手押しポンプをとりつけて、自由に使おうというものでした。 
 あのギーコギーコと手押しで汲み上げるやつです。 


 僕たちの子供の頃には、まだ神社やお寺の古い井戸には、結構取り付けてありました。
 井戸の横にはバケツいっぱいの水と柄杓(ひしゃく)がおいてあり、誘い水をいれて柄を上下させると、シュシュという音と共に水が吸い上げられ、やがて砂とりのために取り付けてある手拭いを巻いた口から勢いよく水が流れ出たものでした。
 

 夏は冷たく、冬は生ぬるい水が珍しく、用もないのに水を汲み上げたものです。
 使った後は、次に利用する人のために、誘い水の入ったバケツをいっぱいにしておく事が約束でした。
 
  
 そういえば「誘い水」とか「つるべ落とし」とかいう言葉も死語になってしまいました。
 そんな体験を「昔の生活」などという教科書の項目にしないで、子供たちに実感させてあげるのも、実は大人の大切な役割なのかも知れませんね。



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 こんなのが、商店街にあると面白いと思うのですが。



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黄色い財布
黄色いサイフ


黄色い財布

ここ数年、黄色い財布を指定して購入されるお客様が多くなりました。
 このところの風水ブームで、黄色が縁起のよい色という事でしょう。
 Drコパの風水グッズは、飛ぶように売れるそうですから、やはりこれも時代の反映なのでしょうか。

 ほんの10年ほど前まで、あまり明るい色合いのお財布は少なかったように思います。
 アイボリーやピンク系のお財布が店頭に並ぶ時期になると、決まってお客さんから、「薄い色は、汚れやすいからねぇ。」と、定番の黒・エンジ系のお財布へ。
 ところが景気が悪くなってくると、風水ブームで黄色いお財布。エメラルドグリーン、パープル、ホワイト。はたまたゴールド、ヘビ柄。

 家内に言わせると、風水ブームで売れているのは、小物や香水などさして高くないものばかりとか。
 「こんなに世相が暗いと、気持ちだけでもホッカリしたいのよ。」などと言いながら、昨年の年末に買った風水カレンダーに予定を書き入れていました。

 ちなみに私の八白土星は、今日がラッキーデーだとか。
 何かいい事あるのかな。



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