むつもん
久留米の商店街の事など、つれづれなるままに・・・
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托鉢
ofuda
先日お布施の際、こんなお札を頂きました。


托鉢 

商店街では、よく墨染めの衣に網代(あじろ)笠をかぶり、椀を持った托鉢僧が立つことがあります。
 店先で鈴をならし、経を唱えながら布施を待ちます。

 久留米には江南山「梅林寺」という臨済宗の禅寺があり、ここは雲水の修行道場でもあります。
 托鉢も修行のひとつということで、定期的に集団で商店街を托鉢に回りますが、墨染衣の修行僧が集団で托鉢する姿は、なかなか迫力があります。
 店先に立つ托鉢僧は、まだ若い修行僧がいたり、脚絆(きゃはん)姿の行脚(あんぎゃ)僧がいたり、最近ではめったに見ることがなくなった虚無(こむ)僧が尺八を唸らせて立ったりする事もあります。
 中には「この人本当に坊さんかな。」と思わせる少々怪しい托鉢僧もおりますが、様々です。

  最近は、一般家庭ではインターホン対応ですし、ましてマンションなどはオートロックで立ち入り禁止ですから、托鉢もさぞやりにくいだろうと同情してしまいます。
 その点商店街は、千客万来。各店オープンですし、店が留守と言う事もありませんので、なるほど托鉢に立つには一番良い場所かなと思ったりもします。
 私も接客中でない限り、わずかばかりの小銭のお布施をするようにしています。
 
 昨年ですが、店の前に行脚途中の托鉢僧が立った事がありました。
 いつもの様に僅かばかりの小銭を布施すると、前に掛けた頭陀(ズダ)袋で受けてしばらく念仏を唱えておられました。
 私が店内に戻ると、しばらくして「すみません。」と店内に入ってこられるではありませんか。
 やおら網代笠を取ると、珍しく50歳代の尼僧でした。
 「リュックを買いたいのですが、幾らほどするものでしょうか。」というお尋ねで、いくつか商品を勧めながら話を伺うと、今回九州一円を廻った後、これから四国へ行かれるとのことでした。

 リュックを背負って行脚する托鉢尼僧というのも不思議な感じですが、剃髪した青々とした頭に瀬戸内寂聴を思わせる丸顔で、快活な話し振りに、こちらも自然と爽やかな気分になってしまいました。
 お勧めしたのは、荷物が入り、軽くて雨にも強いスポーツタイプのリュックでしたが、
 「お金が足りないようですので、托鉢をして夕方までに、また伺います。」と深々とお辞儀をして出てゆかれました。
 
 はたして夕方、リュックを勧めた事さえ忘れかけた頃、「閉店時間を聞いていなかったので、閉まっていたらどうしようかと心配しました。」とニコニコ顔で戻ってこられました。
 千円札に混じって小銭で支払を済ませると、店内で荷物を入れ替え「これで随分と楽になりました。」と笑いながら、また深々とお辞儀をして颯爽と出て行かれました。

 小銭が増えたレジを整理しながら、1件1件廻って受けた善意の布施が商品に変わったことや、話をしながらこちらが爽快な気分になったことなどを考えていました。
 販売が、こんなに爽やかに感じられたのも久しぶりでした。

 店は商品とお金の交換の場というだけではなく、そこには『お客様の満足』と言う要素がないといけないのですが、実は店の方もお客様から満足を頂いているのだなと改めて感じさせられる出来事でした。
 



kawanokey35

tearose

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